看護女子をやっていた頃の話 何もできない自分
09月14日
今日、患者さんをレントゲン室に運んだ。車椅子で。
いつものことだ。ずっと咳をして辛そうだ。体は汗でびっしょり。
苦しそうに咳をしている。抗がん剤のせいか頭髪はない。
髪は女の命という。
病気も辛いが副作用で頭髪がなくなるなんてさぞ辛いだろう。
ほんとに。傍にいてつらい。
心が不安定になる。
まってるあいだずっと咳をしていた。苦しそうだ。
咳止めの身柱というツボあたりをさすってあげた。
首の付け根あたりだ。
すこしでもよくなってくよと願いながら。
そしたらさすってくれたら少し楽になってきたと患者さんが言ってくれた。
こんな人の力になりたい。そのために鍼灸の資格をとった。
でもできない。
治すことはできないが症状を緩和することはできるのではないだろうか。
別の患者さんの話。
こんな俺にいつも優しくしてくれた患者さんが看護師さんにむかって怒鳴ってるのをみた。
その看護師さんは何もわるくない。
やさしいその患者さんを変えてしまった病気を俺は心底憎んだ。
その目は優しかった頃の面影はない。この世の苦しみという苦しみをすべて背負い込み暗く澱んだ瞳に変わってしまった。
その瞳の色は怒りに染まっていた。
今になって涙がでてくる。
これはなんの涙だ?
自分でもわからない。
すこしだけ知り合った人でお世話させてもらった人が亡くなって行く。
それだけのことなんだ。
職場の看護師さんも家に帰って泣いてるのだろうか?
追記
当時の僕はターミナル病棟に勤務していた。
この日記に書かれている2人の患者さんは二人とも亡くなっている。
一人は僕が看護助手の仕事を退職する2日前に亡くなった。
もう一人は退職当日の朝だ。
あの当時、僕がお世話をさせてもらった患者さんはもう誰も生きていないだろう。
生きていて死ぬという事に対しピンとこなかった。
だが毎日のように患者さんの死に対面すると
自分もいつかは死ぬのだ。
必ず死ぬのだ。
死は別世界の話じゃない。
すべて地続きで僕に繋がっているんだという事を実感したんだ。
いやでも実感させられた。
コメント
コメントを投稿